ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No.89  発行:2005.4.1



春爛漫の候、読書会の皆様には益々ご清栄のこととお喜び申し上げます。

第208回4月読書会のお知らせ

4月読書会から午後2時開催となります。ご注意ください!

月 日 : 2005年4月9日(土)
場 所 : 東京芸術劇場小会議室1(池袋西口徒歩3分).03-5391-2111
開 場 : 午後1時〜
開 催 : 午後2時00分〜5時00分
作 品  : 『虐げられし人々』2回目 унижённые и оскорбЛённые
報告者 : 平 哲夫氏

会 費 : 1000円(学生500円)

※ 主に米川正夫訳『ドストエーフスキイ全集』をテキストにしています。

◎ 終了後は、近くのお店(西口)で開きます。
会 場 : 駅近くの居酒屋(当日お知らせします)
時 間 : 夕6時00分〜8時00分頃迄
   会 費 : 3〜4千円



『虐げられし人々』2回目

 4月9日(土)の読書会は前回につづき『虐げられし人々』をとりあげます。前回の2月読書会では、近藤靖弘さんが、豊富な資料をもとに丁寧な報告をしてくださいました。大作前の長編だけに、さまざまな意見があり議論しきれませんでしたので、4月読書会も引き続き、この作品を取り上げます。レポーターは、平哲夫さんです。下記のレジュメと当日の配布資料を手がかりにフリートークの形で行いたいと思います。
      

『虐げられし人々』フリートーク・ノート

平 哲夫


(A)牧歌的なイフメーネフ家の娘ナターシャが、ワルコフスキー公爵(物欲と性欲の権化のような人物で、イフメーネフと土地について係争中)の息子で、親と違って純真そのもののアリヨーシャに惹かれ、親を押し切って出奔する。ところが伯爵夫人の継娘カーチャの登場と公爵の奸計により、身を引かざるをえなくなり、親元にも帰れず、頼れるものは病身な私(作者)以外に誰もいなくなる。
(B)同じ様に、工場を作ろうとしていた父スミットを裏切り、ワレコフスキー公爵と駆け落ちした娘が、挙句の果てに身ぐるみ剥がされ、病に犯され、12、3才のその娘ネルリとともに狭い地下室に住み「袖もらい」をしながら死んでゆく。残されたネルリは恐るべき環境く魔窟)から救い出され、私のもとに身を寄せるようになる。
(C)相似するA,Bはそれぞれ独立して進行していくが、最後にはネルリの悲惨な身の上話が、娘ナターシャの運命とラップしてイフメーネフの心を動かし、雨の中をびしょ濡れになって我が家に飛び込むナターシャを、万感の想いをこめて抱きしめる。
(D)物語はスミット老人と愛犬アゾルカの死という暗いシーンから始まり、やがて読者を波乱万丈の世界に誘い、最後はカタストロフと背中合わせの、詩情豊かなシーンで終わる−長編であった−

 2月12日の「虐げられし人々」第一回では、近藤靖彦氏より備忘録〈あらすじ)、登場人物紹介、名場面紹介等、克明で豊富な資料の提供と報告があり、お陰でその後の一時間余のフリートークでは活発な発言が飛び交い、時間を忘れました。
 今回は、引き続きフリートークとなりますが、そのきっかけ作りや、参考までに、昭和27年 河出書房版米川正夫訳「ドストエーフスキイ全集3 虐げられし人々」より、近藤氏の作成されたレジュメに追加して、感銘を受けた場面を抽出して配布する予定です。
 近藤氏作成の資料と合わせ、フリートークに活用頂ければ幸いです。
                                   〈平・記)
レポーター紹介 

 平哲夫さんは現在、積極的に読書会・例会で活動されています。「読書会通信」にもドストエーフスキイや作品についての感想原稿をお寄せいただいております。
 読書会での最近の活動は、昨年2004年4月10日土曜日にとりあげた『伯父様の夢』の報告でした。その折、「ドストエーフスキイは、青春時代に読んでからの再読ですが、歳月を経て読むと、違った新鮮な思いがあります」と、述懐されていたのが印象的でした。

平さんが、ご自身のドストエーフスキイ体験を語ったエッセイを紹介します。

『ドストエーフスキイ広場 No.13』Essaysから


ドストエーフスキイと私  平 哲夫

「俺は何と嫌な奴なんだろう。」・・・だったと思いますが今その本は手許にありません。・・・書き出しのこの言葉に思わず絶句しました。たしか今から51年前(あまりにも昔のことなので真剣に計算してみました。)1953年(昭和28年)の春、戦後の混沌とした状態がそろそろ収束しはじめ、しかしまだその余韻が残っていた頃、私は20歳の学生でした。中央線高円寺駅のそばの古本屋で、赤と黒の表紙の米川正夫訳ドストエーフスキイ全集の1冊『地下生活者の手記』が目に止まり、題名そのものに何やら懐かしさと予感が走り、棚から取り出した時のことです。すぐに買い求め一気に読み通しました。
 そして、あの不思議な、驚くべきモノローグの世界に出会ってしまったのです。ドストエーフスキイを全部読もうと決心しました。あちこちの古本屋をあさり廻り、白い箱入りの米川正夫訳ドストエーフスキイ全集(河出書房・たしか昭和17年頃の出版と記憶していますが定かではありません。)を第一巻『貧しき人々』から読み始めました。当時はどこの古本屋でも大抵は棚に並べられて居り、全部で22巻(だったと思いますがはっきりしません。24巻だったかも知れません。)それほどの苦労もなく集められました。
 約1年半、『貧しき人々』から『カラマーゾフの兄弟』『作家の日記』まで読み通しました。特に『罪と罰』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』は何度も読み返しました。そして1年半後の1954年(昭和29年)の9月頃(これも真剣に計算しました。)生活の些事に追われる様になり、いつの間にか遠のいてしまったのです。その後の50年間は文学とは無縁の仕事の世界に没頭し、退職後の3年間は茫然自失の余暇を経験しました。長い間に、作品や登場人物の輪郭は次第に風化して行き、一部の作品はストーリーさえ忘却してしまった事に気付きました。それでも頭の片隅にはぼろぼろになりながらも、いくつかの作品や登場人物の思想や性格の骨格部分は住み続いて居り、例えば日本赤軍の浅間山荘事件では即座に「悪霊―特に見開きのルカ伝第8章の1節」を想起し、組合活動で判断に迷った時はドストエーフスキイの回路をさぐり、社員研修ではおぼろげながらゾシマ長老の「精神の自由」について語り合った事もありました。
 残念ながら、結婚して引越しを数回くりかえすうちに、いつの間にか全集を全て無くしてしまったのです。今思えば悔やんでも悔やみきれないことですが、でも仕方がない。これから出来るだけ時間をかけ、米川正夫訳でなくとも、本の体裁はどうであれ、全巻の入手を目指してあきらめずにがんばろうと思っています。
 昨年10月「読書会」とのお近づきがキッカケで『カラマーゾフの兄弟』を読み返しました。半世紀の長いブランクがあったわけですから、読み返すというより、新たに読んだといった方が正しいかもしれません。読み始めの時はなかなかページが進まず、読了するのに1ヶ月かかりました。実に多くのものを発見しました。これ程魅力に富んだドラマが他にあるだろうか。新鮮な驚きと、感動と、尊敬と・・・言葉ではとても表現できません。しばしば嗚咽しました。昔読んだ時に果たしてこれ程までに感動しただろうか? いや、今回のほうがよほど新鮮で、細部までよく理解でき、感動も大きかった!
 去年の暮れから今年の正月にかけて、画家の友人から中村融訳『地下生活者の手記』を借り、これも読み返しとは言えず、新たに読み返した。(その友人は焼け跡時代からの友人で矢張り同じ頃にドストエーフスキイを読んだ仲間でしたが、彼も秘蔵していた米川正夫訳の全集を紛失してしまったとのことです。)読んで、改めて一驚しました。今時、こんな構想を組み立てられる作家がいるだろうか。これも『カラマーゾフの兄弟』同様、半世紀前とは比べ物にならぬ新鮮な驚きを与えてくれたのでした。特にリーザとの邂逅から離別に至るまでの主人公の心の変転・・・・これはまるで別世界の事であるかの様に、言葉で説明することは不可能ではないかと感じました。そして、長いモノローグの最後の数ページで主人公(作家)はこの世に対する拒絶と絶望を高らかに断言します。しかしその言葉の陰に言い知れぬ憂愁がただよう。・・・・・・何故、ドストエーフスキイの作品が、これほどまでに私(71歳の老人)を勇気づけてくれるのだろう・・・よくわかりません。しかも半世紀前より、より新鮮に感じるとは! これからもドストエーフスキイを読み続け「読書会」の皆さま始め、多くの皆さまと語り合うことを、生涯の楽しみにして行きたいと思っています。



4・9読書会『虐げられし人々』 


『虐げられし人々』

ドキュメント『虐げられし人々』(米川正夫『ドストエーフスキイ研究』から)

■ 1860年(39歳)
1月、モスクワ・オノフスキイ出版所より初の本著作集刊行。
4月、文学者救済基金協会、慈善興業としてゴーゴリ作『検察官』上演。ドストエーフスキイ、郵便局長役で出演。
7月、兄との協同編集にかかわる月刊誌『時代』、聖ペテルブルグ検閲委員会より刊行許可を得る。
9月、『時代』誌創刊の予告広告文発表。週刊紙『ロシア世界』(ステルローフスキイ刊)67号より『死の家の記録』を緒言から連載。『虐げられし人々』起稿。フランス刑事事件文献の中にラスネール事件を発見。「殺人犯の文学者に関心を抱く。
■ 1861年(40歳)
1月、『時代』誌刊行、『虐げられし人々』を創刊号より7月号まで連載。かっての主治医ヤノーフスキイの妻、女優アレキサンドラ・シューベルトと交際。数ヶ月で終わる。
2月、『時代』第2号にラスネール事件発表。
   19日、農奴解放令発布。
4月、『死の家の記録』を『時代』に再び緒言より連載、断続して翌年に至る。
9月、ドブロリューボフ、『現代人』9月号に『打ちのめされた人々』論発表。『時代』誌にアポリナーリャ・スースロヴァの短編掲載。
12月、ツルゲーネフ、『死の家の記録』を賞賛。『現代人』誌上で『時代』誌を批判。ドストエーフスキイ、医大生ナジェーシダ・スースロヴァ(アポリナーリャの妹)と交際。オストロフスキイ、ドブロリューボフ、サルトゥイコフ、シチェドリングリゴーリエフなど知巳になる。

『虐げられし人々』全編を通じて、描写に最も真実性の豊かなのはイフメーネフ老夫婦であろう。スミットとその娘、及び孫のネルリに関する挿話はあまりに小説的で迫真性を欠いているが、ネルリの像の中にドストエーフスキイの主張している詩情が脈打っているのはいなめない。(訳者・米川正夫『ドストエーフスキイ全集3』)



4・9読書会『虐げられし人々』 

『しいたげられた人々』について
―中沢美彦(角川文庫「しいたげられた人々」から)―

角川文庫では訳者・中沢美彦は、解説で、下記のように述べている。(抜粋)

 /「しいたげられた人々」の構想は、すでにセミパラチンスク守備隊で兵役に服していたころにできており、流刑の苦悩を通して作者が得た思索と体験の跡―後期の大作にみごとに開花した偉大な思想の萌芽は、早くもこの作品に織り込まれている。「貧しき人々」に始まる第一期の作品群の世界は、さらに大きく拡大されなければならない。その可能性はすべてここで賭けられたと見ていいであろう。

後期の傑作具の踏み台

 /こうしてみると『しいたげられた人々』は流刑によってはしごをはずされたドストエーフスキイの創作活動を復活させたばかりでなく、後期の傑作群の踏み台であったとも受け取れる。作品そのものの芸術的価値を云々するよりも、ここではすなおに大作の基礎構築を読者は鑑賞すべきであろう。それがまた「カラマゾフ」へのドストエーフスキイの道程を理解しうる必須うの条件でもあろう。

新生ソビエトで評価された作品

 /この小説がソヴェートで高く評価されていることで、そこはヴァルコーフスキーが民衆を搾取する独占資本家であり、彼にいじめられる人々が無辜の大衆であるとされ、この作品に溢れたヒューマニズムを重視している。そういう解釈はもちろんくだされていい。うら若い新生ソヴェート国民に対する選ばれた指導者たちの判断とすれば当然であろう。
 ただ/私たちはヴァルコーフスキイなる人物を簡単にかたづけられない。今日、マルキド・サドが世界的に再評価され、その反逆精神の深さが掘り起こされている時、ドストエーフスキイの描いたサディストたちの持つ意義も、同時にこれをきわめてみる必があろう。(昭和46年7月30日)

児童虐待の文学    
―(中村健之介著『ドストエフスキー人物事典』から)―

 ドストエフスキーは『貧しい人たち』から「」作家の日記にいたるまで、抗議することなく倒れるこどもを繰り返し書いている。幼児や少年少女たちの虐待と死のおびただしさは、ドストエフスキー文学の特徴ともいえる。
 そして、そのこどたちは、しばしば、大人以上に心理を読み、大人の耐ええない絶望に耐え、大人の抱きえない愛の渇きを秘めている。/少女ネルリは、そのようなドストエフスキーの「こども族」の中でも、こどもらしくない気持ちがとりわけ際立っている。ネルリが、自分に初めてやさしくしてくれた男性であるイワンに対して、自分の気持ちをどう扱っていいかわからず反抗というかたちで愛を表す場面は、少女小説の常套だとはいえ、その暗さと激しさは、やはり異様である。/
 ドストエフスキーは、強健な者よりも劣弱な者に非常に強い光を当てる。かれの作品の中で、不幸な少年や少女たちは、人間の弱さを異常に激しく生きている。

ドストエーフスキイとトルストイの知性
 (『ドストエーフスキイ全集別巻』)から)

 ドストエーフスキイの知性については、トルストイのそれよりはるかに深いということは、すでに多くの批評家が強調している。しかし、それがゆえにトルストイがドストエーフスキイの知性を理解しなかったのではない。要は、二人の文豪の知性がまったく異質なものであったからである。ドストエーフスキイがトルストイに讃辞をささげたのも、その知性のためではない。むしろその反対に、トルストイの知性については、猪突的であり、一本槍すぎると批判している。まさしくトルストイは、『虐げられし人々』のヒューマニズムに感激しながら、この作品の底に秘められた、もっとも主なテーマを読み取ることができなかったのである。        



高見順は、『虐げられし人々』を意識したか

『如何なる星の下に』と『虐げられし人々』をめぐって  (編集室)

前号で、高見順とドストエーフスキイの関係について、少しばかり触れた。若いとき高見順の代表作『如何なる星の下に』を読んだとき『虐げられし人々』を彷彿したような気がする。と、いったこと。つまり『如何なる星の下に』は、『虐げられし人々』を意識して書かれたか、といったことである。それが、どうしたと言われればそれまでだが、なんとなく気になったので、今一度、とりあげてみた。物語はすっかり忘れてしまっているが。 
はじめに、この作品を書いた高見順という作家はどんな作家か。恐らくいまの若い人は知らないのでは。この作家のことを説明するとしたら、二昔前になるが、テレビタレントで高見何某という女の子がいた。彼女が孫か血縁者だとかいっていた。現在は、彼女の夫がプロレスラーで国会議員ということぐらいである・・・・思い当たるだろうか。文壇的に分ければ戦前、戦中作家か。空襲下でドストエーフスキイを読んでいたと日記にあるを記憶している。『波間』という作品は、たしか戦争中、リヤカーで本屋をはじめる話だったか。
さて、問題の『如何なる星の下に』はどんな物語か。浅草を舞台にした下積みの踊り子や漫才師たちとの交流を描いた話。思い浮かぶのはそれくらいで、あとは、きれいさっぱり忘れてしまっていた。唯一、覚えているシーンは、浅草に住む知人文士が飲み屋で、「私」に苦心して書いた小説を編集者に突き返されたと愚痴ったあと、ユーモア小噺を話す場面。
・・・ある寒い夜、知り合いの踊り子の家に用事があって行くと母親らしき婆さんが一人で寝ていた。帰ろうとすると、起きだしてきて「どうぞ、どうぞ」とすすめるのであがった。婆さんは、茶の準備をはじめた。台所へ行って湯を沸かすのかと思っていると、寝ていた煎餅布団の下からボロ布で包んだ湯たんぽを取り出し、どくどくと急須に注いで「どうぞ」と湯たんぽの湯の茶をだした・・・。このへんだけがぽつりと記憶にあるのみである。『虐げられし人々』を彷彿するようなところは、どうにも思い浮かばない。
そんなわけで『如何なる星の下に』を30年ぶりに読み返してみた。物語のようで物語ではない、それでいていわゆる私小説ともいえない不思議な作品。当時は、新しい高見順独自の書き方とみられた。世人は、この作品の文体を「饒舌体」とつけたといわれる。
話は、妻に逃げられた作家(私)が浅草に部屋を借り、ぼんやり向こう空をながめている場面からはじまる。部屋を借りたのは、小説を書くためだが、レヴィウ小屋の踊り子に気に入った娘がいて、彼女をみるためでもあつた。お好み屋に入った私は、そこで店を手伝う元踊り子と知り合いになる。それが糸口となって、浅草の芸人や物書きたちとの交流。浅草の魅力と厳しさ。踊り子たちの逞しさと哀しさ。浅草はいろいろなことを教えてくれる。逃げた妻との因縁も。極めて日常的だが、話の進展は推理仕立てに語られ、妻をめぐる人々の関係が少しずつ判明していく仕組みになっている。印象的に『虐げられし人々』を思わせる箇所はいくつかあるが、『虐げられ』の私が自分の小説を一気に読んで聞かせるあの場面。まったくの想像だがこの感動場面を高見順は映画に置き換えて、こんなふうに展開させている。
・・・・私はK劇場の客席の一番うしろの暗がりのなかに立っていた。映画は、――江東の小学校のとある女生徒の綴り方が、妙な具合にジャーナリズムに持て囃され、その少女は一躍天才とさえ言われ、綴り方は脚色され・・・舞台にかけられ映画化された。作家は、この映画を丸の内の映画館で観た。それほど感心しなかったが、次の踊り子のショーを見るために入ったのである。貧乏家族の大晦日の修羅場。丸の内の客は、笑った。が、浅草の客は「けっして笑わないのであった。笑わないどころか、見ると、私の前の、何かの職人のおかみさんらしいのが、すすけた髪のほつれ毛が顔にかかるのにかまわず前掛けで眼を拭っているのである。」私も気がつくと泣いていた・・・・。 
 とくにこのシーンは強く感じるが、どうだろうか。時間のある人はぜひ一読あれ。今回この作品が昭和14年に発表されたものであることに改めて驚嘆させられた。そのことに感動した。そこにこの作品が名作といわれる所以があるのかも知れない。



文献検索 『虐げられし人々』


 これまでわが国において作品『虐げられし人々』は、どれだけ翻訳され出版されてきたか、インターネットで調べてみました。
 
ナダ出版センターホームページ
http://homepage3.nifty.com/nada/index.html

明治26年(1893)
5月  損害と侮辱と 高安月郊訳 同志社文学(〜7月) [虐げられし人々]
明治27年(1894)
5月  損辱 内田魯庵訳 国民之友(〜28年6月) [虐げられし人々]
3月 *虐げられし人々(上下) 昇曙夢訳 近代名著文庫6 新潮社
8月 *虐げられし人々(上巻・下巻) 加藤朝鳥訳 アカギ叢書 赤城正蔵(〜9月)
大正7年6月 *虐げられし人々 昇曙夢 ドストエーフスキイ全集2 新潮社
1月  虐げられし人々 中村白葉訳 婦人世界(〜12月)
11月 *虐げられし人々 中村白葉訳 近代名著物語叢書1 上方屋出版部
大正14年10月 *虐げられし人々 昇曙夢訳
 [虐げられ辱められし人々(細田民樹)、死の家の記録(田中純)]

国立国会図書館蔵書検索・申込システム(NDL−OPAC)  http://opac.ndl.go.jp/index.html

大正13年 『虐られし人々』佐々木味津三訳 春陽堂
昭和7年(1932)『虐げられし人々』前後編 昇曙夢訳 春陽堂 世界名作文庫
昭和10年(1935)『虐げられし人々』昇曙夢訳 新潮社 世界名作文庫
昭和23年(1948)『虐げられた人々』上巻 昇曙夢訳 日本社 日本文庫
昭和26年(1951)『虐げられた人々』神西清、中沢美彦共訳 角川書店 角川文庫
昭和28年(1953)『虐げられた人々』小沼文彦訳 岩波書店  岩波文庫
昭和29年(1954)『虐げられし人々』米川正夫訳 『ドストエーフスキイ全集3』

NACSIS Webcat
総合目録データベースWWW検索サービスhttp://webcat.nii.ac.jp/

昭和11年(1936)『虐げられし人々』熊澤復路六訳 三笠書房 ドストエフスキイ全集
昭和24年(1949)『虐げられし人々』昇直隆訳 世界新選文庫
等など


2005年2・12読書会報告

今年最初の読書会は、2月12日に開催しました。作品は、『虐げられし人々』をとりあげ
ました。レポーターは近藤靖宏さん。「『虐げられた人々』名場面」「備忘録」「『虐げられた人々』登場人物紹介」の資料を配布。物語のあらすじを分散化して丁寧に報告された。

2月12日(土)の第207回読書会の参加者は15名でした。



【前回報告資料】

『虐げられた人々』 登場人物紹介   近藤靖宏

・私(イワン・ペトローヴイチ、愛称ワーニヤ)
 この物語の語り手。結核を病んでおり今は病室でこの物語を執筆中である。孤児であり幼少をイフメーネフ一家で過ごすふ作家をめざして上亀処女作はヒットするがそれ以降はそれほど売れていない。(ドストエフスキー自身がモデルとも考えられる。)物語の中では、小説を書きあぐねておりイフメーネフー家やネリーの世話を焼く。
・スミス老人
 私の行きつけの喫茶店にいつも訪れる謎の老人。いつもアゾルカを連れている。アゾルカとともに死之転 この老人の謎は後にエレーナの口を通して明らかになる。
・アゾルカ
 スミス老人の飼っていた犬。離れ離れになったスミスー家をかろうじて繋いでいた。
 エレーナを残してスミス老人とともに死ぬ)
・B
私の処女作を絶賛した文芸評論家,べリンスキーであると思われるが、この物語が書かれた年代には既に死亡しているはずであり、べリンスキーの亡霊であると考えられる。
・イフメーネフ(ニコライ・セルゲーイッチ)
 ワルコフスキー公爵との訴訟のため、一家そろって上京してきた老人。高潔ではあるが、実務的、近代的な感覚には乏しいため訴訟に敗れ領地を取られてしまう。駆け落ち同然に家出した娘、ナターシヤをこよなく愛しているが、そのことを他人に悟られることを極度に恐れる。娘を思うこの老人の感情が実に巧みに描写されているのはいい父親に恵まれなかったドストエフスキーが理想の「父親」像を常に模索していたからではないだろうか。
・アンナ・アンドレーエヴナ
 イフメーネフの妻。
・ナターリア(愛称ナターシヤ)
 イフメーネフの娘,アリョーシヤと恋に落ち、家出する。家出先ではほとんど部屋に引きこもってアリョーシヤの来るのを待ち続ける。そのため「生活」からほとんど切り離されており、領念的である。
・カチェリーナ(フヨードログナ・フイリモーノワ、愛称カーチヤ)
ナターシヤの恋敵)父からの通産、300万ルーブルを持っている。アリョーシヤの父親は持参金目当てでこの女性とアリョーシヤを結婚させようとしている。進歩派の側血もあり、出入りしている博愛主義〈?)のサークルに100万ルーブルを寄付しようとしたり、アリョーシヤにこのサークルを紹介したりする。父親の思惑どおりナターシヤからアリョーシヤを奪い取る。
・レーヴインカ、ポーリンカ、ベズムイギン
 カチェリーナが出入りするサークルのメンバー、このサークルは週1回、屋根裏部屋で集会を開いているらしく、ぺトラシェフスキー会であることは間違いない。しかしこの物語の年代には彼らは摘発され、ちりぢりになっていたはずであり、おそらくペトラシェフスキー会のメンバーの生霊が集っているものと思われる。中でもベズムイギンはカチェリーナの金で何か積極的行動に出ようとしており、スペシネフの生霊であると思われる。
・マスロボーエフ(フイリップ・フイリップイチ)
 私の旧友,常に酔っ払っている。私の知りえない裏情報を知っていてそれを私に語ることによって「第二の語り手」の役割を果たしている。元は役人であったが、今はすねに傷持つ人々を強請(ゆす)って金を巻き上げるのが本業らしい。
・アレクサンドル・セミョーノヴナ
 マスロボーエフの妻〈正式にではないらしいが)。
・マダム・ププノワ (アンナ・トリフオーノヴナ)
 エレーナの母親への援助の「かた」としてエレーナを預かる粗暴な女性。売春の斡旋を業としている。
・伯爵夫人
 氏名不詳の身持ちの悪い馳 ワルコフスキー公爵と男女の関係あり。カチェリーナの母。
・外交官
 氏名不詳、伯爵夫人宅にたまたまいた人物。当時の改革に対して反動的な意見を述べる。この物語においては大した役割を果たさないが、彼の指摘はその後のロシア政治史を見通しており、ドストエフスキーの先見性をうかがわせる。
・ワルコフスキー公爵(ピョートル・アレタサンドログィチ)
 この物語中の「虐げられた人々」すべての運命をもて温親非常に賢く、政治センスに富ん
 でいる。あまり賢くない小金持ちに巧みに近づいてその財産をかすめ取るのが本業である。禍禍しいオーラを発しており、感受性の強い者(特に女性、子供など)がこれを浴びると正気を失う。後のドストエフスキー作品に登場するスタグローギンやスヴイドリガイロフの原型とも考えられる。しかし、現世の欲望、とりわけ性欲に忠実な点でスタグローギンとは一線を画し、またあくまでも合法的な手段で目的を達成しようとする点でスヴイドリガイロフとも一線を画している。なお、この悪魔の正体は「近代」であると思われる。この物語は近代という悪魔がそれ以前の精神状態にある人々を飲み込んでいく様を描いている、とも読むことが出来、ドストエフスキーのやや偏見のある、しかし近代にどっぷり漬かっている私たちにとっては新鮮な「近代観」を表している。
・アレクセイ(愛称アリョーシヤ)
 天真爛漫で、生活力、決断力がなく、すぐに他人の意見を受け入れてしまう青年。
 と言えば罪の無い人物であるが、実はワルコフスキー公爵がイフメーネフー家を翻弄するために送り込んだ使い魔である。(が、アリョーシヤ自身はそのことを意織していない。)物語では、ナターシヤとカーチャの間を行き来し、両方をその気にさせているが、絃局はナターシヤを捨て、持参金のあるカーチヤと伯爵夫人の領地へ旅立ってしまう。その旅立ちを決めるにしてもナターシヤとの空約束的な婚約を必要とするのであるからどこまで優柔不断なのか分からない。この物語中最も謎の多い人物であるが、ワルコフスキー公爵同様、「近代」の申し子であることは間違いないと思われる。
・N老伯爵
 好色な人物,ワルコフスキー公爵から女を回してもらっている。現にワルコフスキー公爵はナターシヤをこの伯爵に引き合わせようと企んでいる。ワルコフスキー公爵は複数の有力者とこのような「契約」を結んでおり、彼の政治力の源泉としていると考えられる。
・エレーナ(愛称ネリー)
 私がブブノワから保護した少女。スミス老人の孫。彼女の一家もワルコフスキー公爵によってイフメーネフー家とほぼ同じ運命をたどる。大人たちによってひどい目にあわされたためか鋭い目つきで人を寄せ付けない。彼女のことを「ネリー」と呼べるのはごく限られた彼女と打ち解けた者だけである。他人の世話になることを嫌いしばしば家出をしては連れ戻される。カラマーゾフ兄弟に登場するスネギリョフ大尉同様にもらった服を目の前で破くことによって「誇り高い貧者」ぶりを示す。(にもかかわらず乞食をするのは不特定多数の人からもらうのだから立派な職業であると考えている。当時の時代に生活保護があったら彼女はどう考えるだろう?)私、私が呼んだ医者等の人々の愛情によって少しずつ子供らしさを取り戻してゆく。
時々てんかんの発作を起こし、助からない病気に冒されている。イフメーネフに次いで彼女の心理描写が良く出来ているのはドストエフスキーがこの人物に愛着をもっといる証拠かもしれない。奈良美智(右・絵)の絵画から飛び出してきたのかと思わせる少女である。               




2・12読書会で出された意見、感想など

「大作を、逆の見方をすると、この作品(『虐げられし』)になる。」
「ムイシキンの前身。これ(『虐げ』)を読んで理解できた。ワルコフスキーでスタヴローギンが理解できた。」
「題名に疑問」この点について意見が多く出された。
・ 実感のない人々
・ 自分で自分を可哀そうがる
「流刑前の作品に近い」
「愛すべき作品」
「夕日が落ちて暗闇になる平等」
「最初が夢だったので最後まで夢か。全部が夢の小説」
「つながりがある作品。この作品から発信している。ここから流れている」
「現実にある姿に見えて感動。落とせない作品」




読書会ニュース 

武富健治さん漫画活動再開 !!

 読書会会員で漫画家の武富健治さんが、漫画活動を再開された。武富さんは、これまで漫画を描く一方演劇にも関心を示されていた。が、昨年、結婚されたことや、先ごろのお子様誕生で、本業の漫画に力を注ぐことになった。最近の活動は下記の通り。

○3月25日発売 作画『現役医師の語る病院の怪談』竹書房6版定価380円
キョスク、コンビニで発売中!!
○『漫画実話ナックルズ』5月号 4ページ 6月号 8ページ  コンビニで発売



読書会のホームページを開設しました。ご意見をお寄せください。
この中に読書会通信を転載しています。ご自分の記事ならびに参加者を公開されるのが不都合な方はご連絡ください。

ドストエーフスキイ全作品を読む会
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話 題

このところ世間の注目を集めているのは、ライブドアとラジオ局・テレビ会社の攻防と西武王国のカリスマ王様の凋落だ。この二つの出来事は、なぜかドストエーフスキイの作品を彷彿させる。以前、兜町で『未成年』が読まれているという情報を得たことがある。「空中の株より、確かな現金」というわけだが、連日の株騒動ニュースをみていたら『未成年』が読みたくなった。一方、あの西武一族の翳りには、『カラマーゾフの兄弟』を思い出さずにはいられない。好色と権力欲の父親、早くに亡くなったやさしい母。独裁者家庭の中で育った息子たちの数奇な運命。連日のように流れる二つのニュースをみているとドストエーフスキイが追求した人間の哀しさ、愚かさ、可笑しさ、そして神秘さを思う。

編集室便り
 
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