ドストエーフスキイ全作品を読む会 読書会通信 No129  発行:2011.12.14

 
 第247回12月読書会のお知らせ

 月 日 : 2011年12月24日(土)
 場 所 : 豊島区立勤労福祉会館第1会議室(池袋西口徒歩5分)
 開 場 : 午後1時30分 
 開 催 : 午後2時00分 〜 4時45分
 作 品  : 『ポルズンコフ』
 報告者 : 今井 直子 氏        

 会 費 : 1000円(学生500円)
 
 二次会(近くの居酒屋)  5時10分 〜
                   



お知らせ
 
2月18日(土)読書会の会場は「豊島区立勤労福祉会館」第7会議室です。
(東京芸術劇場の近くです。池袋警察署隣り) 

第249回読書会開催日 : 2月18日(土) 午後2時〜5時迄です 




12・24読書会


 2011年を振り返って
 
 気がつけば今年も後、僅か。大地震、大津波、原発事故、放射能漏れ、台風、大雨。人災か想定外の自然災害か、とにかくいろいろな災害があった年でした。読書会にとっても芸術劇場改装で会場が定まらぬ年となった。そんななかで読書会は、いつも通り年6回の開催ができた。これもひとえに参加の皆様の熱い思いとドストエフスキー力の賜物と感謝です。この一年、ありがとうございました。(「読書会通信」編集室)
 
 報告者紹介・今井直子さん
 報告者は、今井直子さんです。読書会では寡黙ですが、その分、内に秘めている作品評は、考察鋭いものがあります。2009年に報告した『カラマーゾフの兄弟』に対する真摯な思いが印象的だったので、序文ですが紹介します。(8月読書会報告から)

 10代の終わりに初めて『カラマーゾフの兄弟』を読んだとき青臭くて非現実な問題を真剣に考えていた。人類にとって肝心な問題は何一つ答えが出ていないし、これからも正解は出ないーーいつの世にも「現代的な作品」と呼ばれる定めを負った本書は、世界は物質的に繁栄したが、人間の精神面は全く成長していないことを教えてくれる。出口も答えもない 荒廃した精神世界に彷徨う人は、本書を通じて答えのない問いを考えつづける。残虐で醜悪でろくでもない人間の一人として生きること、絶望的に残酷な現実世界を少しでも良い場所に変えていけると信じること、そんな問題意識を忘れずにいるために、私は『カラマーゾフの兄弟』を読み続けているのかもしれない。(「イワンの罪とは」冒頭より)

報告要旨          

あるがままの感想
今井直子

 「誤解を恐れずに言うと」、という前置きを聞くことがあるが、そう言う人に限って、誤解されるのを人一倍、恐れているのかもしれない。人間は誤解をする。自前のものさしだけで判断するのだから、偏見や思い込みが判断をゆがませるのは、仕方のないことだ。それでも人は、自分の「物語」を誰かに伝えずにはいられない。おまけに、欲張りな人ほど自分の話にメッセージ性を持たせたがるものだから、誤解の幅はなおさら大きくなる。自分の瑣末な物語を普遍的で壮大な何かと結び付けたくなるのは、生きる意味を何とか見出そうとするあがきか、救いのない世の中に対する腹いせか。ともあれ、そうなると厄介なもので、聞き手を感動させたい、感心されたいという嫌な作為が働き、話の大きさに比して人間は小さくなる。そんな事態はなるべく避けたい。できればちっぽけな話は相応の大きさで語りたいし、語ってほしい。浅くて内容のない話を、私はそれなりに尊ぶ。
 かくして、ポルズンコフの話にも、深遠な意味など求めるべきではないのだろう。道化性、自意識、エイプリルフールなど、読み解く切り口はいくつかあるだろうが、難しい解釈は抜きにして、「ポルズンコフが本当に語りたかったこと」に焦点を当てたいと思う。それに付随して語りの特徴も探りたいので、「道化性」だけは避けて通れないようだ。そこで、あくまで「語りの技術」としての道化性を取り上げてみたい。ポルズンコフが語るのは、自滅の顛末、滑稽きわまる失敗談である。だが、彼が提供しようとしたのは、本当に単なる「その場限りの笑い話」にすぎないのか。ポルズンコフが伝えようとしたこと、それでも伝わらなかったことを汲み取ることで、おのずと彼の本質が見えてくるだろう。




10・22読書会報告
                

 
読書の秋、17名の参加者 !
 この日の参加者は、17名。性別内訳は女性11名、男性5名と男女比は、年々、女性陣の方が多くなっています。年齢層も20代から90代までと幅広いです。『主婦』についても、女性陣からは、活発な意見・感想がありました。
 当日、配布したアンケートで提出された7件の結果は、以下のようです。

『主婦』アンケート結果報告(7名分)

■題名について → ぴったり2 変な題3 自分なら「女主人」1「かけおち女」1
■読んでみて → 面白い3 つまらなかった2 どちらでもない1 棄権1 どちらで1
■どこが面白かったか → 感情の爆発。カチュリーナの女性像。彼女が語る物語。
 つまらなかった → ムーリンとの関係性。オチ(笑い)の要素がまったくない。素材はある。でも、作者に腕がまだない感じ。
■モチーフは何か → 人妻への恋1 不明1 @非日常体験A分離派の実態1 白痴のような三角関係とか、そのへんの狂気かなと思いました。
■オルディノフとは → 世間知らず1 作者の肖像5(病的に悩める青年像は作者の永遠のテーマ。ド像をはじめて感じた)、期せずしてルポライターの役割を与えられた夢想家。
■カチェリーナとは → 不明1 生命力の余っている女。ロシアの女性像あるいは女性の無意識の底。@分離派のセクトに撮り込まれてしまったかわいそうな人。A許されぬ恋のために永久に罰を受ける人。(例えばグレートヘンのように)
■ニーチェは「親縁性」を感じたとあるが → 感じない2 感じた3 不明2 
 感じない → でも、ニーチェの気持ちはよくわかる。ニーチェにとってのキーワードがこの作品の中のどこかにあるのだろう。
 感じた → カラムジンの作品『ボルンホルム島』との関連性
■『主婦』の感想2件 → 「こんな単純な通俗小説でありながら、人の心の不可思議な動き、理由のつかない行動。どろどろした感情をつめこまずにいられなかったのは、とてもドストエフスキーらしい。彼には素朴さが足りない」「カテリーナの魅力は多分、アンビバレンスにある。男が苛まれれば苛まれる程に悦ぶことを本能的に知っていて、実践できる残酷さ、したたかさ、少女のような無邪気さ。

※ニーチェはドストエフスキーとの出会いをフランツ・オーファーベク宛の手紙のなかでこのように述べてこいる。1887年2月23日 ニース
「数週間前には、私はドストエフスキーの名前さえ知らなかった。私は〈新聞・雑誌〉などを読まない無教養の人間なのだ!ある本屋で偶然に手にとってみると、ちょうどフランス語に翻訳されたばかりの『地下的精神』(レスプリ・スウテラン)だった。私は喜びの際みだった。」



レポーター菅原純子さんは、以下の考察を丁寧に報告されました。(当日のレジメから)

『主婦』(ハジャイカ)の世界

 菅原純子

 この作品を一読すればわかるように、ロシア語では『ハジャイカ』という題名であるが、日本語訳では『主婦』『おかみさん』『女あるじ』とされ、どれもしっくりとはいかない。英語訳では“hostess”にあたるそうだが、この英語訳も日本人においては、ころあいが違ったものになってきてしまう。この作品以前において、ジェーヴシキン、ゴリャードキン、プロハルチンという小役人のテーマで書いてきたドストエフスキーは、なぜわけもわからぬような『ハジャイカ』なる世界を描きだそうとしたのだろうか?米川正夫が言うには、「『主婦』(1847年)はドストエーフスキイが書いたすべての作品を通じて、形式の未熟という意味でも、また発想の不完全さにおいても、最も大きな失敗作である。が、それと同時に、初期の小説の中で、研究の対象として最も興味ふかい作品でもある。」全作品の中で最も大きな失敗作であるとまで、言いきってしまっている。
 ドストエフスキーは1847年1月−2月兄ミハイルへの手紙で、
 「どうか成功を祈ってください。ぼくは『主婦』を書いています。もう『貧しき人々』以上にいいものになりつつあります。(略)ぼくの筆は、まったく魂の底からほとばしり出る霊感の泉に導かれています。」
としたためている。霊感の泉の霊感で書かれたという事は、ドストエフスキーの無意識の世界が、作品の中に意識的に表出されられたということであろう。が、読者にとっては、何度読んでもわけのわからない世界である。筆者は、霊感にこだわっていた。その時、下原康子氏から電話があり、「ドストエフスキーと催眠術」というPDFがあるから、開けてみればというアドバイスがあった。確かにそこには『ハジャイカ』の世界が読みとかれているのである。具体的に『ハジャイカ』の作品にあたってみる前に、催眠術といっても概念の違いがあるため、この事に目を向けるとする。安藤厚、越野剛氏によると、
 人間の精神構造に関する理解の歴史を考える上で、F.A.メスメル(1734−1815)に始まる催眠術の流れは重要である。催眠術は当初「メスメリズム」「動物磁気」あるいは単に「マグネチズム」と呼ばれた。それは、メスメルが催眠作用の原因を磁力に似た見えない流体に帰したからであると、あり。また、「ロシア文学とメスメリズム」越野剛では、
 メスメリズムとは今でいう催眠術の原型のようなもので、18世紀のオーストリア出身の医者F.A.メスメルの名前に由来する。彼の治療法は風変わりなもので、病人に手をかざしたり、触ったり、力強い視線でじっと見つめたりすると、個人差はあるものの、病人の多くは発作を起こし、激しく痙攣し、その後に眠り込んでしまい、それで本当に多くの患者が健康を回復したという。
 ドストエフスキーが催眠術を知るに至ったのは、同時代の医学文献、ロシアの当時の文学作品、ドストエフスキーにも影響をあたえ、メスメリズムにも影響をうけたディケンズ、バルザック、E.T.A.ホフマン、ポーなどの作家の作品によるという。  
 ドストエフスキーは『分身』執筆以後、神経障害はひどくなっていた。1846年4月26日兄ミハイルあてに
 「ぼくは完全に文字どおり死ぬほどの病気をしていたのです。神経系統ぜんたいが極度にひどくいら立ったための病気ですが、それが心臓に集中して、心臓の充血と炎症を引き起こしたのです。」
 5月16日付にも
 「ぼくはまったくこれまでに、こんな苦しい思いをしたことがありません。倦怠、憂愁、無感動、なにかしら、よりよきものを期待する熱病やみのようないら立たしい気持ち、こんなものがぼくを苦しめるのです。そのうえおまけに病気。何がなんだかわかりません。こんなことがなんとかして早く済んでしまったら。」
 この年、友人マイコフからヤノフスキー医師を紹介され、数ヶ月のあいだ治療を受けたといわれ、諸説あるが、ドストエフスキーの癲癇の最初の兆候は、この時期に現われていたとされている。その医師ヤノフスキーの回想の中に、
 文学作品のほかに、ドストエフスキーはわたしのところからよく医学書を持っていっていたが、それは主として、頭脳や神経系統の病気だとか、精神病だとか、古くなったとはいえ、そのころはまだ通用していたガール方式による頭蓋骨の発達などに関する解説書だった。
 確かに、これらのことによりドストエフスキーは、メスメリズムに影響を受けていた。さらに見てみると、
 ドストエフスキーとの関連で名前がよく挙げられるのはC.G.カールスである。彼の著作はロシアでは先に取り上げたオドーエフスキーが早くから注目していた。流刑地セミパラチンクで、ドストエフスキーと友人ヴランゲリはカールスの代表作『プシュケー』(1846)をロシア語に翻訳する計画を立てている。カールスは人と人の間に磁気による影響関係が存在すると考えた。ギビアンによれば、ドストエフスキーの作品の登場人物の間には、しばしば同様の磁力が働いている。
 特に密接な「磁気的な」関係が存在するのは、分身や「もう一人の自己」による様々なペア、ラスコーリニコフとスヴィドリガイロフ、ムィシュキンとロゴージンなど、その親和力を通じて特別に容易なコミュニケーションを持つ者同士の間である。ムィシュキンやアリョーシャ(そして全ての子供と多くの女性)は、その生活の大部分を無意識に依存しているせいで、あらゆる類の予兆や磁力に対して非常に敏感な人々である。
 前置きが長くなってしまったが、『ハジャイカ』の作品世界の中において考察してみることとする。
 まず一番に気になったものは、ムーリンの外面描写である。オルディノフが、下宿をさがしはじめ、ペテルブルクの町をさまよい、教会にふらふらっと入った時、オルディノフはムーリンと若い美しい女に出会う。
 老人は丈が高く、背もしゃんとして、まだ元気そうであったが、痩せて、病的にあおい顔をしていた。一見したところ、どこか遠いところから来た商人とでもいいたい様子である。彼は明らかに祭日用らしい黒く長い毛皮裏のついた長上衣カフタンの胸を開け拡げていた。長上衣カフタンの下からは、何かしらもう一枚、裾の長いロシヤ風の着物をまとって、上から下まできっちりボタンをかけていた。剥き出しの頸筋には、鮮紅色の布を無造作に巻いてい、手には毛皮帽を持っている。
 長上衣カフタンというものが、どういうものかはわからないが、一般人が身につけていそうにもない姿で描かれている。これに加え続く描写が重要である。
 半白の細長いあごひげが胸に垂れて、気むずかしげにひそめた眉の下からは、熱病やみらしく燃える、火のような、高慢くさい目が、じいっと見つめている。
 前述したように、「メスメリズム」において、目、視線の意味することが重要であるとしたが、ここにすでにムーリンの目、じいっと見つめる視線を描いており、さらに、教会を老人ムーリンと若い美しい女が出る時、
 老人は無愛想ないかめしい目つきで彼を一瞥した。女もちらと彼を見たが、なんの好奇心もなく、何かかけ離れた想念にとらわれてでもいるように、放心した目つきであった。
 ムーリンの目つきと、女の目つきの違いを描き、第一部の1において、ムーリンの催眠術のことがすでに浮きあがっている。ムーリンに、じっとした力強い目線でにらみつけられたオルディノフは、自分のしていることがわからないままに、二人の後をつけ始めたとある。ムーリンはとどめをさす。
 ふいに老人は振り返って、じれったそうにオルディノフに一瞥を投げた。青年は釘づけにされたように立ちどまった。彼は自分でも自分の熱中さかげんが不思議におもわれた。老人は、自分の威嚇が効をそうしたかどうかを、確かめようとでもするかのごとく、もう一度うしろを振り向いたが、
 とあり、オルディノフは自分の住んでいる家を気づかずに通りすぎ、屋根裏にある自分の部屋に入った折には、泣いている女の幻を見るのである。つまりは、この幻はオルディノフの幻覚であり、ムーリンに催眠術をかけられたオルディノフの描写を描いている。 
 筆者は、この場面にかぎらず、自分のしていることがわからないなど、なぜドストエフスキーがこのような言語にするのか、どうとらえていいのかわからないまま、自分のなかで二転三転、いや四転にもわたって考えた。わけもわからないこの『ハジャイカ』という中編小説の世界は、夢想家オルディノフ、フーリエに代表されるユートピア社会主義、友愛社会、兄と妹との関係とだけとらえていたのでは、とらえきれない、何かえたいのないしろものがかくされているのであり、それはドストエフスキーの想像力だけではなく、癲癇という病からくる実体験にも、基づくものではないだろうか。
 オルディノフに対してだけではなく、ムーリンはカチェリーナに、
 彼は鉛のように動かぬ、しかも刺すような目つきで、じっと女を見た。彼女も初めは同様に真っ青になった。が、やがて血の気がさっとその顔に返り、目は奇怪な光をおびてきたようであった。その後カチェリーナは、何か恐怖らしいもののために、全身を慄わしているのを見てとったとある。
 ムーリンの視線の描写は、幾度となりある。
 あの老人を見るのが苦しくなったのである。あの目の中には何か人を馬鹿にしたような、毒々しいものがあった。
 彼は眉をひそめたが、その目はぎらぎら光るのであった。カチェリーナはどうやら、恐怖と興奮のためらしく、真っ青な顔をしていた。などとあるが、重要なのは癲癇の発作におそわれる前の場面である。
 彼は釘から手をはなして、寝台の上から下りると、夢遊病者のようにふらふらと、全身の血の中に火事のように燃え立った興奮が、どうしたことやらわからないまま、主人の部屋の戸口に近よって、力まかせに体をぶっつけた。(中略)老人の目が、重苦しく八字に寄せられた眉の下から毒々しく光ったのも、顔ぜんたいがとつぜん憤怒に歪んだのも、彼はちゃんと見てとった。老人が彼から目を離さず、定まらぬ手もとで、壁にかかった銃を手早くさがしたのも見た。それから、怒りに慄える不確かな手で、まともに彼の胸に向けられた銃口が、ぱっと火を吐いたのも見た。
 ムーリンは癲癇の発作に、この後おそわれたのである。作品を読むかぎりにおいて、癲癇後のムーリンの催眠術はおとろえていく。そして、ムーリンから催眠術という力は、カチェリーナに移っていくのである。
 痛みの色が女の顔をかすめた。彼女は再び頭を上げて男を見やったが、その目つきには深い嘲笑と、侮蔑と、傲慢の色が浮かんでいたので、オルディノフはあやうくよろよろと倒れそうになった。それから、彼女は眠っている老人を指したが、敵の嘲笑があげてことごとく彼女の目に移ったかのように、またもや刺すような、氷のように冷たい目で、オルディノフを見やった。
 「どうなの?まさか斬り殺すというのでもあるまい?」狂墳のあまりわれを忘れて、オルディノフはこう口走った。
 さながら悪魔が耳にささやいたかのように、彼は女の気持ちを悟ったと思った・・・彼の心はいっさいをあげて、カチェリーナの胸にじっとこびりついている想念を笑いとばした。
 「美しいカチェリーナ、ぼくがあの商人の手からお前を買い取ってやる、もしお前がぼくの魂をほしいというなら!まさかあの男、斬り殺すわけはなかろう!・・・」
 オルディノフの全存在を麻痺さすような、静かにじっと動かぬ笑いは、カチェリーナの顔から消えなかった。底知れぬ嘲笑が、彼の胸をずたずたに引き裂くのであった。ほとんど無意識に前後も覚えず彼は片手を壁に突っぱって、高価な品らしい老人の古刀を釘からはずした。カチェリーナの顔には、驚愕の色が浮かんだようである。が、それと同時に、悪意と軽蔑の表情が初めて異常な力をもって、彼女の目に現れたように思われた。それを見ているうちに、オルディノフは気分がわるくなってきた・・・彼は何者かが力ずくで、意志を失った腕を持ち上げさせ、狂人めいた振舞いをさせるような気がした。
ここに、カチェリーナの目による催眠術が表われている。最後のムーリンの催眠術は、
 「女王のような娘だ!」と老人はいった。
 「ああ、おれの命令者!」とオルディノフはぶるっと全身を慄わせてささやいた。ふと、自分のほうへ老人の視線がそそがれているのを感じて、われに返った。一瞬、この視線は稲妻のようにきらりと光った、―――貧るような、毒々しい、冷たい侮辱にみちた視線だ。オルディノフは席を立とうとしたが、目に見えぬ力がその足を縛りつけたかのよう。彼はふたたび腰を下ろした。時々、この現実が信じられないかのように、われとわが腕を、押さえてみるのであった。彼は悪夢に胸をしめつけられているような、目の中に苦しい病的な眠りが残っているような気がした。が、不思議にも、彼は目をさましたくなかったのである。
 細かい点においては、まだまだたくさんあるのだが、ムーリンの催眠術はここまでであり、ヤロスラフ・イリッチの家でのムーリンの姿は、全く以前とは、かけはなれた人物として描かれている。カチェリーナは、ムーリンと同居していたのであるがゆえに、カチェリーナにもムーリン同様、力的には弱いが、前述したように催眠術をえとくしていたと思われる場面もあり、また催眠術は視線ではなく、身体にふれて力をあらわすという箇所もあるが、ここでは省略する。ドストエフスキーはムーリンの力がなくなったことを、次のように記している。彼は最後にどんよりした目をオルディノフにそそいだが、ついにその目も光が消えて、瞼は鉛でつくったもののように閉じられた・・・死人のような土気色が、その顔に拡がった・・・
 催眠術においてはもう一つ重要な点がある。アレクサンドル・イグナーチッチと、さる上流の貴婦人に対するムーリンの予言力もさることながら、ヤロスラス・イリッチとオルディノフの次の会話で、
「不思議だね。しかし、今じゃそういうことをしていないのかね?」
「厳しくご法度になったのさ。いろいろ驚くべき実例があったのでね、若い騎兵の少尉補で
見てにやっと笑ったものだ。『お前は何を笑っておるのだ?』と老人は立腹してこういった。『お前こそ二、三日たったら、これになるんだぞ!』と両手を胸の上で十字に組み合わせながら、死骸の真似をして見せた」
「それで?」
「どうも本当になりかねるような話なんだが、人の話では、その予言が当たったそうだ。あの男は通力を持っているんだね、(後略)
 越野剛氏の「ロシア文学とメスメリズム」の中で催眠術は、しばしば、術をかけられた者に幻覚をもたらす。その幻覚は予言・予知・千里眼として解釈されることが多かったが、その内容はやがて人間の無意識に近いものとなっていく。とあり「ハジャイカ」という作品は読者において、わけもわからない世界であるが、ドストエフスキー自身は、あんがい楽しみながら執筆したのではないだろうか。前述したムーリンの予言も催眠術を意図とすることを読みとれる。
 催眠術という点を重視して記述してきたが、ヤロスラフ・イリッチと、ダッタン人の庭番はムーリンの実体をすでにわかっていた。その記述も作品のなかにある。また、ムーリンとカチェリーナが実の父と娘であり、教会になぜ、かよっているかというのは、「それは何か恐ろしい犯罪を洗い落とそうとでもするようであった。」とあるように、実父と娘の関係でいる状態のけがれを、はらい落とすためではないかと思われる。カチェリーナ自身、ムーリンに対して、「お前の娘」とさけぶ所、また「ある秘密が彼女と老人を結びつけている。」とあることからもそのように考えられるのではないか。
 ドストエフスキーは45歳の時に、『罪と罰』という作品を執筆した。筆者は45歳の時点において、青年ラスコーリニコフをドストエフスキーが、なぜ描ききれたのか以前から不思議におもっていたが、ラスコーリニコフの原点は、『ハジャイカ』という作品のオルディノフにあることを、再度読みなおしてみてわかり、また『カラマーゾフの兄弟』の中の「大審問官」も、この作品の弱い人間、よく心得ておきなさい、だんな、弱い人間は一人でもちこたえられるものじゃない!弱い人間にいっさいのものをやってごらん、自分のほうからやって来て、何もかももとへ返してしまうから。(中略)弱い人間に自由をやってごらん、自分でその自由を縛り上げて、返しに来るから。
 ここにすでに「大審問官」の原型がある。このような点により、米川正夫は研究するにはよい作品であると言いたかったのであろう。
 最後に、ニーチェが、ドストエフスキーを最初に読んだ作品がこの『ハジャイカ』であり、この作品と同時に本になっていたのが『地下室の手記』の第二部である。催眠術をかける側と、かけられる側の支配関係というモチーフは、メスメリズムを扱った作品では、最もよく見受けられるものだという。ニーチェは催眠術に関連して、この作品を読んではいないが、ムーリン→カチェリーナ、ムーリン→オルディノフ、カチェリーナ→オルディノフの人間の支配、被支配において読みこんでいったという点に関する詳しい文献もあることを記して終わりにすることとする。
 これは余談であるが、日本においての歌舞伎の成田屋、市川團十郎・海老蔵しかできない所作の「にらみ」は、目をみひらき、いわゆるにらみつける動作だが、これは邪気払いの所作であるということである。ニュアンスがちがうかもしれないが、何か少し相通じるものがあるのではないかと思った。現在の震災以後の日本人における邪気払いとして、舞台上にかぎらず、TVにての放映にでも、成田屋のにらみの所作で、日本人の心のしんえんまでも、深悼をきたしてもらいたい。その意味でも成田屋には、がんばってもらいたいものである。
                                 



ドストエフスキー文献情報
 提供・【ド翁文庫・佐藤徹夫】

編集室の不手際もあり、2011年のドスト情報途切れましたこと、深くお詫び申し上げます。

<作品翻訳>

・『悪霊 2』 ドストエフスキー、亀山郁夫訳 光文社 2011.4.20 \1143
      747p 15.3cm 巻末:読書ガイド <光文社古典新訳文庫 
      ? Aト 1-12>
     *ドストエフスキー『悪霊』 三部からなる長編小説 第2部

<漫画化>

・『カラマーゾフの兄弟 A』 ドストエフスキー、及川由美著 幻冬舎コミックス
      (発売:幻冬社) 2011.7.24 \667 239p 18.4cm
      <バーズコミックス スペシャル>

<研究書>

・『小島信夫批評集成 第5巻 私の作家遍歴 II 最後の講義』 小島信夫著
      水声社 2011.1.10 \6000 464p 21.7cm
      *最後の講義 (主に、39 八雲、最後の講義;40 平凡な少女
        の傑作;41 甘美な奉仕) p383-434
・『小島信夫批評集成 第6巻 私の作家遍歴 III 奴隷の寓話』 小島信夫著
      水声社 2011.1.30 \6000 476p 21.7cm
      *奴隷の寓話 (主に、53 めざましい創意;54 自分はどこにいるか;
        55 仮面舞踏会;56 見過ごされる出来事) p214-288
・『世界の名作を読む』 改定版 工藤庸子編著 放送大学教育振興会
       2011.3.20 \2500 195p 21cm 付:CD
      *6 ドストエフスキー『罪と罰』/沼野充義 p66-79
       (CDは、柴田秀勝朗読)
・『イエス・キリストの復活 現代のアンソロジー』 大貫隆編著 日本キリスト教団出版局
       2011.3.25 \5400 390p 21.6cm
      *第三部 文学における復活論 31 ドストエフスキー『白痴』 p341-347
・『小島信夫批評集成 第1巻 現代文学の進退』 小島信夫著 水声社 2011.4.1
       \8000 642p 21.6cm
      *小島信夫文学論集 I ・思想と表現 ゴーゴリ・ドストエフスキー・カフカ
        p60-77
・『宣教師ニコライとその時代』 中村健之介著 講談社 2011.4.20 \950 350p 17.5cm
       <講談社現代新書・2102>
      *第二部 観察者ニコライ 第四章 文学者へのまなざし 1 ドストエフスキー
        とのすれちがい;2 プーシキンの偶像化をめぐって p138-161
      *第三部 日露戦争とその後 第九章 ニコライの信仰 1 死後の生、たましいの
        ゆくえ p305-316
・『林芙美子と屋久島』 清水正著 D文学研究会(発売:星雲社) 2011.4.30 \1500
       156p 21.1cm
      *『浮雲』と『罪と罰』について p12-36
・『小島信夫批評集成 第2巻 変幻自在の人間』 小島信夫著 水声社 2011.5.10
       \10000 807p 21.6cm
      *文学断章 I 私と外国文学 ・ドストエフスキーと人間の不思議さ p524-527

       II ・ドストエフスキーとチェーホフ p624-628
・『井筒俊彦 叡智の哲学』 若松英輔著 慶應義塾大学出版会 2011.5.30 \3400
       453+15p 19.4cm
      *第三章 ロシア、夜の霊性 (文学者の使命;見霊者と神秘詩人―ドストエフ
        スキーとチュッチェフ;前生を歌う詩人;永遠のイデア) p99-139
・『小島信夫批評集成 第7巻 そんなに沢山のトランクを』 小島信夫著 水声社 2011.
       5.30 \9000 739p 21.6cm
      *そんなに沢山のトランクを V ・ドストエフスキーの蔵書;わが『罪と罰』講演
       p196-198;198-201
・『ドストエフスキー人物事典』 中村健之介著 講談社 2011.6.9 \1600 573p 14.9cm
       <講談社学術文庫・2055>
      *初版:1990.4.20 朝日新聞社刊 <朝日選書・399> \1550;
        同 オンデマンド版:2003.6.1 \3850
・『本の魔法』 司修著 白水社 2011.6.15 \2000 264p 19.5cm
      *I ・闇―『埴谷雄高全集』『埴谷雄高ドストイエフスキイ」全論集』 埴谷雄高
       p37-53
・『ジャポニズムのロシア 知られざる日露文化関係史』 ワシーリー・モロジャコフ 村野克明訳
       藤原書店 2011.6.30 \2800 248p 19.5cm
      *ジャポニズムのロシア―知られざる日露文化関係史 第II部 知られざるロシア
       1 なぜ日本人はロシア文学を好むのか?―ヨーロッパとアジアのはざまで p151-170
       2 ニコライ・ベルジャーエフと日本人―ドストエフスキーと革命、転向について p171-186
・『もし20代のときにこの本に出会っていたら 後悔しないための読書』 鷲田小弥太著 文芸社
       2011.6.30 \1200 255p 19cm
      *II部 学生時代を生きる読書案内 5 青春時代の読書 5-1 青い時代にしか
       読めない本 p133-145
・『露西亜文学』 井筒俊彦著 慶應義塾大学出版会 2011.7.15 \3800 261p 19.4cm
      *露西亜文学 (第一章 露西亜文学の性格;第二章 露西亜の十字架;第三章
        ピョートル大帝の精神) p1-56
・『黒澤明で「白痴」を読み解く』 高橋誠一郎著 成文社 2011.8.16 \2800 350p 19.5cm
      *黒澤明で「白痴」を読み解く p19-301
・『小説の誕生』 保坂和志著 中央公論新社 2011.8.25 \1048 534p 15.2cm
       <中公文庫 ほ-12-13>
      *小説の誕生 9 私の延長 (ドストエフスキーの歪み;世界を肯定する小説)
       p306-321

<逐次刊行物>

・「ドストエーフスキイ広場」 20 (2011.4.16) 全107p *詳細は省略
・<よみたい古典> 佐藤優さんと読む「カラマーゾフの兄弟」(上)/近藤康太郎
       「朝日新聞」 2011.5.1 p14 <読書>
・<よみたい古典> 佐藤優さんと読む「カラマーゾフの兄弟」(下)/近藤康太郎
       「朝日新聞」 2011.5.8 p12 <読書>
・<書評> すこぶる広い目配り 文豪が与えた影響についての教科書のよう 井桁貞義著
       ドストエフスキイと日本文化 漱石・春樹、そして伊坂幸太郎まで/山城むつみ
       「週刊読書人」 2890(2011.5.27) p5
・ドストエフスキーの預言 第二十五回 亡命してはならない/佐藤優
       「文學界」 65(6)(2011.6.1) p230-240
・<今月の2冊> 『ドストエフスキイと日本文化 漱石・春樹、そして伊坂幸太郎まで』


       井桁貞義著 教育評論社;『福田恒存対談・座談集』(第一巻) 玉川大学
       出版部/富岡幸一郎
       「サライ」 23(7)(2011.6.10=7月号) p120
・深い衝撃 いくつか、断片をつなぎながら…… ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』/
       亀山郁夫
       「現代思想」 39(9)(2011.6.15=7月臨時増刊号 総特集:震災以後を
        生きるための50冊 <3・11>の思想のパラダイム) p24-27
・ドストエフスキーの預言 第二十六回 行為の神学/佐藤優
       「文學界」 65(7)(2011.7.1) p232-242
・ドストエフスキーの預言 最終回 「カラマーゾフ万歳!」/佐藤優
       「文學界」 65(8)(2011.8.1) p200-209

<DVD>

・「ナスターシャ Nastazja」 ドストエフスキー「白痴」より 坂東玉三郎主演 アンジェイ・ワイダ
       監督 SHV(松竹・映像商品部) DB-0491 \3990
       本編約99分・予告編約2分
       *1994年作品

以上 大量なので、本年分に限った。
【ド翁文庫・佐藤徹夫】

<過去情報>

*ドストエフスキー生誕190周年&没後130周年記念映画祭
 9月10日(土)浜離宮朝日ホール小ホールで「白夜」上映
 イワン・プイリエフ監督・脚本、1959年作品
 *プログラム他、資料類の発行なし

*トピック・ニュース
 劇団俳優座「カラマーゾフの兄弟」公演
 2012年1月11日〜22日 俳優座劇場


<作品翻訳>

・「百姓マレイ」 ドストエフスキー、米川正夫訳 p421-432
     『ポケットアンソロジー 生の深みを覗く』 中村邦生編 岩波書店
     2010.7.16 \940+ 473p 14.8cm <岩波文庫別冊・20=
     岩波文庫 35-020-1>
・「おかしな男の夢 幻想的な物語」 ドストエフスキー、小沼文彦訳 p345-393
     『悪の哲学』 鶴見俊輔ほか編 筑摩書房 2011.11.10 \1200+
     431p 14.9cm <ちくま哲学の森 3>
     *初出:1990.3.30刊
・『90分で読む! 超訳「罪と罰」』 ドストエフスキー、日比野敦訳 三笠書房
     2011.11.10 \600+ 301p 15cm <知的生きかた文庫 ひ-20-1>
・『悪霊 3』 ドストエフスキー、亀山郁夫訳 光文社 2011.12.20 \1105+
     626p 15.3cm <光文社古典新訳文庫 K Aト 1-13>
     *『別巻』 2011.2 刊行予定(2011.12.8 朝刊広告)

<図書>

・第III部 文学―キリスト教文学案内 1、ドストエフスキー『罪と罰』(p80-81);
     2、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(p82-83)
     『キリスト教入門 歴史・人物・文学』 嶺重淑著 日本キリスト教団
     出版局 2011.3.15 \1200+ 103p 21.1cm
・『大審問官の政治学』 神山睦美著 響文社 2011.10.20 \1800+ 299p
     19.6cm 
     *初出:「図書新聞」2890(2008.10.18)〜3003(2011.2.26)
     *「カラマーゾフの兄弟」だけを論じているわけではないが、全編でドストエ
      フスキーに言及している
・『ゴルゴタへの道 ドストエフスキイと十人の日本人』 芦川進一著 新教出版社
     2011.10.25 ¥19.5cm
     *初出:「福音と世界」 2009.6〜2010.4 に「第二部 ドストエフスキイ
       文学を貫くもの」を加筆
・『ドストエフスキーと秋山駿と』 秋山駿、井出彰著 世界書院 2011.10.25
     \1000+ 223p 17.3cm <情況新書 008>
・カラマーゾフの兄弟 p148-169
     『クライマックス名作案内 1 人間の強さと弱さ』 齋藤孝著 亜紀書房
     2011.11.3 \1400+ 274p 18.9cm

<逐次刊行物>

・宮沢賢治とドストエフスキー―死と復活の秘儀/清水正 p107-113
     「文藝月光」 2(2010.7.10) 
     *特集 発見!宮沢賢治「海岸は実に悲惨です」
・<新潮> 現在の日本とドストエフスキー作品/武富健治 p284-285
     「新潮」 108(12)=1283(2011.11.7=2011.12月号)
・第65回毎日出版文化賞 力作5点が受賞
     「毎日新聞」 2011.11.3 p13
     *<文学・芸術部門> ドストエフスキー 山城むつみ著(講談社)
      3780円/松浦寿輝
・毎日出版文化賞の人々 
     「毎日新聞」 2011.11.7 夕刊 p4
     *<文学・芸術部門> 山城むつみさん 『ドストエフスキー』(講談社
      ・3780円) 異和の向こうに見える光/重里徹也
・劇団俳優座「カラマーゾフの兄弟」 世界文学の最高峰「カラマーゾフの兄弟」
     舞台化 ドストエフスキーのおもしろさ再発見
     「朝日新聞」 2011.11.24 夕刊 p13 *広告頁



連 載

「ドストエフスキー体験」をめぐる群像                       第38回 三島由紀夫の生と死、その運命の謎(4)
                                   
福井勝也

 1.今年を振り返りつつ
 前回は、前田英樹氏の語る保田與重郎を取りあげさせていただいた。その最後で、保田の三島由紀夫追悼文「天の時雨」(『作家論集』保田與重郎文庫第22巻所収)の言葉に触れたいと書いた。今回は年末の締めくくりにあたって、思い付くままに先日の例会での発表内容を含めて報告させていただく。
 この「連載」では昨年までの数年間、主に大岡昇平について論じて来た。元々大岡を問題にしながら、戦後派作家大岡の「同伴者」と自身考えてきた三島由紀夫にいずれ言及したいとの思いからだ。しかし、その大岡から三島へ転轍をはかる時機がなかなか廻ってこなかった。この点で自分の背中を押したのが、今年3.11に発生した福島原発事故という未曾有の人災を誘発した東日本大震災であった。三島由紀夫は、最後にドナルド・キーンに(「鬼院先生」と書いて)宛てた遺書で自らを「魅死魔幽鬼夫」と訓読をして、死ぬ直前の自分を「茶化」してみせた。昨年は三島没後40年であったが、今年41年目の春にして変な言い方を承知で言えば、僕のなかで三島の「幽霊」が立ち上がって来た。同時に、三島が仕掛けていたものに気付かされる思いがした。それは「大津波」で流された何万という「死者」が「彼」を「僕」に呼び寄せたのかもしれない。ここで、三島事件の報に接した際の保田の言葉に触れておきたい。
 
「三島氏のこの度の挙についての簡単な放送をきいて、私は何か一心に祈っている自分にきづいた。神仏の何さまに何ごとを祈るというのでなく、漠然と、三島由紀夫というものを、わが目の前に空気のように透明に描いて、その上で何となく祈っているのだ、しかも心いそぎ切ない。わが心緒は全く紊れている。たまたまその時早手廻しの新聞社の電話だったので、私は却って少し心の安定を得た。今日最も立派な人が、思いつめてしたにちがいないことを、ありあわせのことばでかりそめにとやかく云うことは、私にはとても出来ない、私はそう答えた」 (「天の時雨」一、文庫p272)

「日本の歌のはたらきとして、空間に充満する魂を自分にとり入れ、自分の魂が身体から離れてあこがれ出るのを、しづめるという考え方は、神代以来のものだった。むかしの言葉で鎮魂歌というから、古風の思想のような気がするかもしれぬが、もし今日のことばでいえば、感動や衝動を受けた事件について、一心に考え、それを理解しようとする時の精神活動の状態をいうに他ならない。ただ理解という近代の言葉で考えると、前後一切が皮相のものとなり、思いが浅薄となる。感動や衝動が、近代生活の中では皮相的だから、浅薄の理解で終るのだ。ここから歌はうまれない。事あれば新聞雑誌に一せいにしるされる有名人の見解や意見の類も、こういう浅薄の標本だから、大体形もきまっていて、二三類型に分類できる。しかもそれらは自分のたてまえや立場の利害判断から、見解を云うから、反応が非常に早いうえ、そういう分類的判断は一応もっともらしく聞える。人が自身で考えるという啓蒙のはたらきがなくなったようである。今日の流行語でいえば、これを体制的言語というのだ。<中略>これらは誰かが考えるとわかるように、感情をもった人間のものでない、いつわりの機械のことばである。」(「天の時雨」二、文庫p278−279/一、二本文旧カナ、新カナは筆者)

 日本人が何事かとてつもない出来事に遭遇した時、誠に素直な気持ちでそれを受け止める、その心のあり方を教えてくれる保田の言葉だと思った。単に「理解する」のではなく「(魂を)鎮める」ということ、「一心に」「祈る」ということによって相手に寄り添う精神活動こそ、日本人が元々保持してきた心映えであったのだろう。保田は三島の死に接して、他の誰もしなかったことを、容易に実践してみせた。だから彼の「天の時雨」は心を打つ三島論になった。今回の大災害にあっても、日本人はそのような心の動きをどこまで発動しえただろうか。その思いが、自分に三島由紀夫の<幽霊>を呼び寄せたのかもしれない。

2.<幽霊・オバケ>の作家の系譜としてのドストエフスキー&三島由紀夫
 つい先日(11/26)の「例会」(第206回)で「ドストエフスキーにおける無意識的なるもの、その後の感想」と題して発表させていただいた。その話の一部として、前回読書会で対象になった初期作品『主婦』(1847)を僕なりに再論させてもらった。要は、『主婦』は単なる「失敗作」などではなく、ドストエフスキーが作家として生涯拘った心理的傾向を、その独自のスタイルによって作品化した問題作ではなかったかと言う中味だった。そのことは、この表向きの「小説」とともに、その中に埋め込まれた深層の「物語」(ゴーゴリの『ヂカニカ近郷夜話』の一話「恐ろしき復讐」をベースにした)に跨る「女あるじ(カチェリーナ)」の女性像に収斂しうるものとして指摘した。詳細は機関誌「広場」に書くことになるので、ここでは前半に話題にした「三島由紀夫とドストエフスキー」の「脈絡」についてまず報告しておく。
 
 指摘させていただいたのは、三島が『遠野物語』の「炭継ぎの話」を対象にして語った文章で、小説の「まことらしさ」(リアリズム)が問われるとき出現した「幽霊」(言葉)の話であった。これは、三島の遺作『豊饒の海』(71)の最終部「天人五衰」とほぼ同時期に執筆された『小説とは何か』(72)という文章のなかで語られている。僕には、小説『豊饒の海』特にその第3部「暁の寺」と第4部「天人五衰」は、この批評『小説とは何か』と一体的に読まれるべき内容のものだと思っている。
 三島の注目は、柳田国男が「炭継ぎの話」のなかで表現した「裾にて炭取りにさはりしに、丸き炭取りなればくるくるとまはりたり」という一節にあった。三島は、そのなかに「現実を震撼させることによって幽霊(言葉)を現実化するところの根源的な力」を見てとって、それこそが小説に不可欠の核心であると説いた。この地点は、三島という小説家が最後に辿り着いた境地を示していて重要だと思う。と同時にこの時、僕の中にドストエフスキーという作家の本質が三島の背後に急に浮かび上がって来た。実は発表では、この三島の前にいた泉鏡花という作家にも触れて、さらに村上春樹にも言及し、小説家の或る「類型」と「系譜」について語った。この「系譜」で言えば、ドストエフスキーの前にゴーゴリがいることは指摘するまでもない。そんななかで、ドストエフスキーという作家の「オバケ」に言及しながら要約的に述べたのが、今回発表の次の「第一仮説」であった。
 
「ドストエフスキーは、<異界>との親和性の強い、<幽霊・オバケ>を呼び出さざる得ない系譜にある作家である。」

この「系譜」に先述の小説家たちの名を連ねて語ったのであるが、単純に言えば、
ドストエフスキーも三島も鏡花もハルキも<幽霊・オバケ>系列の小説家だと仮定したことになる。

ここで一つだけドストエフスキーについて例証しておけば、『悪霊』の「スタヴローギンの告白」のマトリョーシャという自殺した少女が、「幽霊」となって後にスタヴローギンを苦しめるが、結局彼も首を括る。マトリョーシャとは最後までスタヴローギンの閉じられた「鏡像」であって、だからこそスタヴローギンはマトリョーシャの<オバケ>を呼び出さずには済まされない。<道徳的なマゾヒズム>に貫かれていた彼は、エディプス以前のエレクトラコンプレックスに支配されていたと指摘した。そして小説『主婦』と小説内「物語」を繋ぐ深層心理、彼女とムーリンとの逃れられぬ男女(夫婦)関係にも同じ心理的傾向の問題があることをお話した。そしてこの問題は、初期小説『主婦』で顕在化しつつ、後期小説まで貫かれるドストエフスキー固有の問題だと考えられないかと指摘した。それを要約したのが次の「第二仮説」と「第三仮説」であった。
 
「ドストエフスキーを<父親殺し/エディプスコンプレックス>の作家と捉えるのは非本質的であって、むしろ<父親的な愛情への欲望/エレクトラコンプレックス>の作家と考えるべきである。」

「ドストエフスキーの本質は、サディズム的近代世界に対立するマゾヒズム的作家であって、その深層のロシア的草原(ステップ)を象徴する母性的女神(「グレートマザー」・「女あるじ」)を媒介として、さらに<アジア的古代性>に通じている。」

 いきなり「仮説」を並べられても迷惑かもしれない。今回発表テーマである「ドストエフス
キーにおける無意識的なるもの」という年来のテーマから、幾つかの作品・論考(創刊号『ド
ストエフスキー研究』84’の島田透論文、フロイトの論文「ドストエフスキーと父親殺し」<超自我の審級
>の部分、さらに『主婦』『ネートチカ・ネズヴァーノヴァ』等の初期作品)を参考に、「感想」と
して提起させてもらった「仮説」ということになる。この辺も、詳細は「広場」に譲る。

3.『女あるじ』は、<アジア的古代性>に通じたロシア的女神(「グレートマザー」)
 
  読書会でも議論した『主婦』のカチェリーナ像の問題について、もう少しここに記しておく。それは上記の「第三仮説」の末尾の<アジア的古代性>の問題でもある。言わば、「第二仮説」がフロイトのドストエフスキーの精神分析の延長(逆転?)に位置づけられるとすれば、「第三仮説」はさらにそれを延長した先で、ユングの深層心理学の領域になってくる。その前提には、小説『主婦』の最後の方で感じさせられた、その奇妙な夫婦関係に見られる権力の逆転現象がある。大審問官の萌芽とも受け取れる夫ムーリンの妻カチェリーナへの専制的な性的抑圧(「サディズム」)は、そのカチェリーナのエレクトラ・コンプレックスにおけるマゾヒズム的受容の果てに、その抑圧関係の奇妙な反転が起きてくる。そのことは「物語」の中での「あの男」(ムーリン)の科白、実は自分の魂は娘のカチェリーナに滅ぼされたものだという言い方とも呼応していないか。そして今回、『主婦』の内部「物語」、ゴーゴリの「恐ろしき復讐」を丁寧に読んでみて、カチェリーナの背後には、まさに「女あるじ」と称される「ロシア的女神」「グレートマザー」が見え隠れしていることに気が付かされた。
 種村季弘という批評家の著書に『ザッヘル=マゾッホの生涯』という名著がある。これは、ウクライナに近いガリチアという土地で生まれ、「マゾヒズム」の語源となったザッヘル=マゾッホ(「サディズム」の語源となったサド侯爵と対照される人物)という作家の伝記的書物であるが、今回の報告にあたって教えられるところが多かった。フランスの哲学者ドゥルーズにも『サドとマゾッホ』と言う書物があって、種村氏は同著でドゥルーズの表現を引用している。要は、俗流に解釈され続けた「サディズム」と「マゾヒズム」という問題の根底に、実は、ヨーロッパ
近代をめぐっての精神的対立が存在してきたのだ。ドストエフスキーの小説、いやドストエフスキー自身がこの精神的葛藤を典型的に孕んでいる。「女あるじ」という主題を、カチェリーナに焦点を当てて「小説」からその「物語」に掘ってゆくと、その「マゾヒズム」的心性の奥に「ロシア的女神」が顕れ、それが異教的な<アジア的古代性>に繋がっていることが想定できる。それが上記の「第三仮説」であった。フロイトという精神分析学を切り開いた彼自身もマゾッホと同様の出身であれば、問題の根は深い。最後にここで、三島由紀夫で締め括るが、実は三島のドストエフスキーへの言及のなかにこの<アジア的古代性>に触れた件があったのだ。
 
「ドストエフスキーの美の観念は、少なくともギリシャ的ではない。私は、(直感的にだが)アジア的な生の指示を感ずる。そこには、ヨーロッパ人にとって不断の脅威であるところのアジア的混沌の風土がありはしないか?現にニイチェがギリシャの始源として指摘するデュオニゾーズの祭祀は、アジア的起源をもつことが知られているではないか」
 (「美について」1949「近代文学」/『三島由紀夫の美学講座』所収)/2011.12.5





掲示板

 芦川進一著 新教出版社 2011年1月25日 定価(本体2400+税)
 『ゴルゴダへの道』―ドストエフスキイと十人の日本人――
 時を超えて響き合う魂
 福沢諭吉、夏目漱石、太宰治、遠藤周作、小林秀雄、西田幾太郎、道元、親鸞、芭蕉、小出次雄、十人の日本人をとりあげ、ドストエフスキイと聖書とを交差させる画期的試み、大審問官、マグダラの女マリヤ、ラザロの復活など、キリスト教的テーマについての正面からの考察。(本書帯から)
 「ドストエフスキーそして聖書、両作品に一人真摯に取り組んできた筆者が、苦難の年2011年の日本人に送る裁きと救済の書。ぜひ一読を」(編集室)




編集室

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